2015年12月20日日曜日

聖地の謎①~エルサレム・ベツレヘムそしてエリコへ

 今回の旅ほど偶然は必然であることを感じさせてくれた旅はなかった。72の誕生日を前に聖地が聖地である訳を私は本当に知る事ができたからである。これに勝る自分への誕生祝はない。

ところでそれを知った所とはエルサレム。
「なぜまたこんな時期に?」とまわりの誰もが心配してくれた。「やめたら?」とまで言う友人もいた。私はなにも突然にこの時期行こうと思ったのではない。ちょうど1年前、ただ空爆されたガザの子供たちがあまりにも可哀そうで慰めたくて、パレスチナ子どもキャンペーンという支援団体を通して絵と幾ばくかの寄付金を贈った。その時からそこに行ってみたいと思っていたのである。
しかしどう転んでもガザには行かれそうにもないことが分りせめてエルサレムには行こうと決めたのだった。それがタイミング的にはこの12月になったに過ぎない。

旅行代金全額を振り込んだ後にパリの事件、ロシアのトルコ機撃墜と起きた。テレビ・新聞などのマスメデイアでも過剰なほどの報道があった。出発近くにネット上知ったのだが現地でもパレスチナ人とユダヤ人の事件も起きていた。「現地観光は問題ない」とのことだったがさすがに「ほんとに行けるだろうか?」と私も思ったほどだった。現地ツアーガイドによるパッケージツアーとはいえ一人旅である。日本での報道だけを見ていると誰もがあの地域はすべて危険地帯のように思える。そんな中「飛んで火に入る脳天気」と周りは思ったに違いない。

エルサレムではアフリカ・インド・台湾・韓国・コスタリカと世界中からの観光客と巡礼者に出会ったが、出会いたくもない武装兵士達にも出くわした。それはさておき、出くわしたい事に出くわせた話をしよう。

イエスが磔にされたゴルゴダの丘に建てられた聖墳墓教会の入口に立った時の事。私の体が自然に震え出しその震えがしばし止まらなかったのだ。悪寒を感じた時の震えではない。何かに体が感応したのである。目には見えない何かが何かを伝えようとしている!
この地は数千年に渡り人類という生命体を魅了してきた巨大な生命磁場なのではないか。そう私は知ったのである。そして心も満ち足りたのだった。



晴天のヨルダン渓谷をバックにドライバーガイドのジミーがパチリ。
裏手は20056月に訪れた懐かしのヨルダン。

        オリーブ山より望むイスラム・キリスト・ユダヤの聖地が三つ巴。
 中欧歴史の基の元。


1 件のコメント:

  1. 場所が場所だけにお酒について書くのは難しいとは思いますが、もし何かあったら「酒だより」の原稿をお願いします。

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