2014年11月24日月曜日

パキスタンの旅から

エリートポリスの面々
フラッグセレモニー
その事件は11.2に起きた。パキスタンの旅出発前夜の事であった。国境の町ワガ―の駐車場で55人の死者と100人以上の負傷者が出た自爆テロが起きてしまった。今回の旅ではそのワガ―で毎日日没に行われるフラッグセレモニーも見学する予定になっていたのだ。
私にはどうしても実現したい旅が2つだけ残されている。1つ目がウルムチから先、玄奘法師が歩いた道を辿りアフガニスタンからカイバル峠を越える事。2つ目がメソポタミア文明跡とイラクを巡る事。20019.11からは世界地図上の紛争地域が増えてきてその旅ができるのはいつのことやら分からなくなってしまった。だから行けるうちに行こうと後廻しにしていたインダス文明遺跡のモヘンジョダロ、ハラッパー行きを決めた。それが113からの8日間のパキスタンの旅だったのである。
旅行社が企画催行する遺跡ツアーの旅は見どころを効率よくまわるように組まれているのでとても楽だ。ガイドに従って目と耳と体を動かせばいいのだから。添乗員がついているので荷物も持たなくていいし、乗物もホテルも自分でチェックイン手続きをしなくても良いし食事も座れば出てくるし。おまけに旅が終わった後にはまとめの旅日記も送ってきてくれる。
そんなわけで今回のコンパクトなパキスタンの旅はイスラマバードに入り近郊のガンダーラ最大の仏教遺跡タキシラを訪れた後サッカルに飛んでこれまたインダス文明最大の遺跡モヘンジョダロを見て廻る。そこに2泊したのち車でチョリスターン砂漠を通りウッチャンシャリフを抜けてムルタンへと上がって行ったのだ。途中聖者の廟がある町として巡礼者に知られてるムルタンに寄りハラッパー遺跡に。遺跡跡地は自分の足で廻るものの移動はすべて車だからガイドの説明を聞きつつ車窓を眺めながら居眠りもしたりして次の目的地へと向かうなんとも楽な旅である。
驚いたことにはすべての道路移動で各州内のブロック毎に数人の護衛のポリスマンが先導して護衛してくれたのだ。一観光客のためにここまでしてくれる「この国のおもてなし」に感謝するとともに「今のこの国の事情」をかいま見た気がした。
さてラホールでムガール帝国の夢の跡を見学したあと、ガイドのアズマットさんの尽力で諦めかけていたフラッグセレモニーが見られることになった。国境をはさんでそれぞれ自国の旗を下げるだけなのだが、インド側からは派手な音楽が流れる中、パキスタン側は大きな歓声があがっていた。まるでショウ会場だ。男女に分かれた席で髭の男子とベールの女子が2メートル近い護衛兵達のパフォーマンスに声援を送る様はなんとも愛らしかった。そしてこういう競い合いパフォーマンスがずっと続くようにと心から願った。
旅から帰るといつも思うのだ。帰ってきてからが続きの旅の始まりなのだと。

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